2014/11/02

宮台真司が語る沖縄の生きる道「問題は基地反対の先にある」を読んで

宮台真司が語る沖縄の生きる道「問題は基地反対の先にある」を読んで
色々読みながら思うことがあるので、メモしてみる。時間に余裕のある方は、対応するインタビュー記事の箇所と一緒に読み進めるか、インタビュー記事を先に読むことをおすすめする。(リンクは一行目に貼ってあります。)

-沖縄がアイデンティティを取り戻した先に何があるのか-
「今日アイデンティティ・ベースの独立運動はありえない」=いわゆるナショナリズム=民族がその民族の国家を持つべきであるという考え、は今はありえない(現実的でない)という主張。
多民族化・多エスニック化が進んでいる中ではこの考えはちょっと古いのは確かにわかる。ひとつのアイデンティティが表に出ることで、そのアイデンティティに代表されない人々(離島や沖縄内での地方、移民、混血など)を無視することになるのもわかる。つまり、沖縄アイデンティティの主張は沖縄ナショナリズム(極端な例で言うと独立)と必ずしもダイレクトにつながっているものではない。確かに現実的にはそうであろうし、排他的な運動であってはいけないはずである。沖縄内アイデンティティは、それをツールとして何かの社会的問題を解決する手法にしかすぎないはずだ。宮台はこれについて彼の用語を使って説明するので、読み進める。

-翁長知事の<社会保守>について-
確かに沖縄がアイデンティティを持たないといけない理由は経済でも国境(道州制のこと?)のことでもない。ただし彼の<社会保守>的傾向が「観光価値を長期的に保全できる」という理由からだけではないはずである。これでは社会的保守の価値観を再び<経済保守>的な観点へ翻訳されてしまい、身も蓋もない。
「内地の<経済保守>と沖縄の<社会保守>が両立しない」というのは、沖縄が問題意識を持っているのは社会的問題であって、経済保証などでは簡単に解決しない。その経済的な解決案だけを提案してくる<経済保守>のアプローチでは、<社会保守>の考える問題は解決しない…ということなのではないか?

例えばしまくとぅば、観光価値のために言葉を守りたいのか?といえばそうではない。あれは私足しの文化であり財産である。文化を守りたいから普及運動があるのであって、消えていく言語に対して、補助金がもらえたとしても(経済的解決策)、文化は守れない。文化を守るには、教育や言語の使用・普及という社会的解決策が必要なのである。

-沖縄が経済的解決策を甘んじて受け入れてきた、という指摘からの質問-
これを宮台は、経済的解決策からの直接利益を受ける人々だけが周りにおり、反対の声を挙げづらい(もしくはそれで解決すると思いこんでいる)<社交>の範囲だけで交際関係が完結しているからであると説明する。

後半の<社会>の説明がちょっとクセモノである。<社会>がないとなぜ「広域ガバナンスができない」のだろうか。<社交>の世界からちょっと外に出て、<社会>から物事を見ると、その経済的解決策にまやかされていると気付き、<社会>のレベルでガバナンスができる、という論の展開かと思ったら、ちょっと違った。

2ページめ最後の段落で宮台は「<社会>の虚構を信じない沖縄が魅力的に見える」といいつつ、「オール沖縄」という<社会>をつくりあげている翁長氏の運動を「類例のチャンス」だという。

この後続く構造的問題についての説明も、沖縄が経済的解決策を甘んじて受け入れ、それが<社交>の範囲内でよしとされてきた、ということで説明がつくかと思う。この態度を撮り続けてきたことで、「カネで解決できる」という印象を与え続けてきてしまったわけですね。

-基地固定化への解決策-
1)住民投票-この日本の民主主義のシステムの中で、住民投票がいかに力を持つのが疑問である。さらに、<社交>のレベルにとどまる住民が必ずしも「反対」投票するとは限らない。ちなみにインタビューでは96年に一回行われたのみと言っているが、これは県民投票であり、97年にも「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票」が行われている。(結果は反対52.6%であるが、法的拘束力はない。)以上から、住民投票が彼のいうほど有効かどうかは疑問である。

2)跡地利用計画についての熟議-跡地に対しての希望や未来を形作ることは、住民に基地のない地域のビジョンを現実感をもって所有させることができる。しかし、その利用計画はまた経済に囚われたものになるのではないか?という疑問がある。(例えば大型ショッピングセンター等、彼らがすぐに失うのは基地ではなく<経済保守>からのアメなのである。)

3)外交アクション-沖縄が外交できるのであればこれは理想的である。沖縄に外交権をください。そして日本側もその決定に従うようにしてください。しかし沖縄が「反対」したとして、その代替施設は一体どこへ行くのか。他の地域にも拒否権を与えないと不平等である。
「沖縄には日本政府の頭越しにアメリカ政府と交渉する力が今もある。」
とV 字滑走路を使う案に土建屋がアメリカと交渉して計画を変更した例を出している。これは事業の詳細の変更であって、そもそも基地をつくるかどうかのレベルの交渉の話ではない。

-大田県政の失敗に学ぶ-
上に書いたように住民投票への期待はちょっと疑問である。
跡地利用計画がコンサルへの丸投げであったという指摘には頷ける。このコンサルが計画作成にどのようなアプローチをとっていたかは別の話だけれど、住民の参加なしに計画へのオーナーシップ(所有感)は得られず、住民に基地返還をリアルなものとしての説得力に欠ける。
「国際都市形成構想」がフリートレードゾーンに固執し失敗したとあるが、結局これらの政策も、経済的解決策を求めてきたことが、他の経済的解決策(振興策)の前に倒れてしまった(そして新都心を作ってしまった)ことが背景あるのではとも考える。

-北谷開発結果への批判-
北谷の例が失敗例というのは半分賛成で半分疑問である。どこにでもある娯楽施設になってしまったのか?というと、そうでもないような気もするのだ。もはや沖縄のアイデンティティのひとかどとなってしまったアメリカ文化との融合が見て取れる。しかし内地からの出資で沖縄資本への経済的還元が小規模であることはたしかにそうだ。「本土並み化」で<社会保守>が不可能になる、という点については、半分賛成である。しかし、これは沖縄の新しいアイデンティティの一部のような気もしているのである。

-「沖縄が嫌いだ」という若者たち-
この指摘はおもしろい。<社会保守>がその社会的解決を求めて打ち出してきた解決策-しまくとくばや歴史-に対して嫌悪感を抱く若者たちについて。そりゃそうである。彼らにとってそんな要素は何一つ彼らのアイデンティティを形作らない。「年長世代と記憶を共有しない」とはまさにそのことである。戦争体験や基地からの社会問題だけに言えることではない。(基地関連の社会問題がもうないというわけではないと思うが、基地をポジティブに捉える若者は多い。)ただ、そんな社会を作り上げてしまったのは誰の責任だろうか。宮代の強調する<希望ベース>はではどのように沖縄にアプライするのだろうか。

-<ヤンキー>が地域社会をまわしている?-
私にはちょっとこの「ヤンキー的地方行政」が具体的にどのようなものかピンとこない。中央行政のツールとしての地域団体のこと?これについては彼の著作をよんだほうが文脈がとれそうなのでちょっと言及するのはやめておく。

中国からの脅威(論)が地方の右翼化・米国駐留の受け入れ容認を進めるか-
この質問に宮台は<教養の劣化>について質問する形で答えている、が正直なぜその議論がここで行われるかわかりにくい。あとの質問の流れからすると、おそらく容易に他国を敵視したりするのは教養不足でありそこからくる感情論である…ということであろうか。「反知性の時代」は個人的にも頷けることがたくさんあるが、この議論はだいぶ初めからそれた議題となってきた。

と、ここまでがインタビューに関する私の考察である。長くなってしまった。しかもこの記事続くんですね。

ここまで読んだ結果から言えば、<社会保守><経済保守>という言葉を使って、日本(政府)側、沖縄側の問題提起と解決のアプローチがずれていること、沖縄側が経済的解決策に甘んじてきたこと、そしてその結果「アイデンティティ形成」が難しく、世代間でずれのあるものになってしまったことを説明している。これらの点に関しては理解できる。
ただし、彼の上げている3つの解決策にはまだ疑問が残る。住民を含めた跡地利用の議論には大賛成だが、住民側の問題意識とアプローチが<経済保守>のそれと同じだと、第二・第三の新都心を作ってしまうにとどまるのではないだろうか。
彼が沖縄が<社会>をつくろうとしていることに対して積極的なのかどうかはまだわからない。しかし、ここで現れてきた翁長氏の<社会保守>的アプローチや、彼のつくろうとする「沖縄アイデンティティ」という<社会>がどのような解決策を持ち出してくるのか、その分析が見られるのかどうか次の記事に期待したい。ただし、繰り返すが、「沖縄アイデンティティ」を保つこと=観光価値の保持というのは、結局沖縄アイデンティティを経済の用語にすり替えてしまうことになるので、それは避けていただきたい。

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